小さいころは渋谷の食堂でカレーライスが20~30銭くらいでしたかね。
うちは貧乏でしたから、食堂なんて行ったことはありません。
たまに母の作ってくれたカレーライスは大のごちそうでした。
サツマイモと菜っ葉の入った煮干しの汁にカレーの元と小麦粉を溶いて作ってくれたんです。
肉はそぼろのようなものか魚が少し入っていましたかね。

戦争が激しくなると、配給量が減っていきました。
昭和16~7年くらいになるにつれて、ご飯は無くなって、カレー汁みたいになりました。
疎開するころにはカレーの元は手に入らなくなり、米も時々食べられるくらいで、
カボチャ、大根、雑穀や芋のつるを食べることもあったと思います。
次回は「兄貴たちは戦争から長く帰らなかった」です
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